2018年09月01日

父の夢

お盆二日目の明け方のこと。久しぶりに、父の夢をみた。

場所は喫茶店。

母と二人で休憩していると、父が私たちの目の前にやってきて、
「一人で〇〇病院まで歩いて行ってきたよ」と、得意気にそう言うのである。

「えええっ!!!一人で?!」 私は思わず驚きの声をあげる。

現実的なことを言えば、父は足腰が悪く、目も不自由で、
亡くなる10年以上も前から、一人でどこかに行くことなど到底できない体になっていた。


それがどうだろう。杖も持たずに腰をピンと伸ばし、一人でしっかり立っている。
にっこりと笑みを浮かべ、何歳も若返ったかのように、顔の肌つやもよい。

「すごい!すごいよ!! 一人で歩いて行ってきたなんて、すごいねぇ・・・」

私は喜びと興奮を抑えきれず、「すごいね!すごいねぇ・・・」と何度も何度も、
ひたすら同じ言葉をくりかえすのだった。


そんな私の驚きっぷりに満足した父は、
静かに椅子に座ると、コップの水に手をのばした。

「氷、入れようか?」 私がたずねる。

「ああ。そうだな」 いつもの口調で父が答える。

私は氷入れの中から、できるだけ大きな、形の良い氷を選んで、
父のコップへと入れた。

トプン・・、トプン・・・

2つの氷で、コップの水があふれそうになる。

なみなみに入った水を、父はうれしそうに飲んでいる・・・



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・・・とまあ、こんな感じの夢。
人に話したら、返答に困るような、たわいもない内容の夢だ。

けれど、私にとっては、とてもうれしいものであった。
「〇〇病院まで一人で行ってきたよ」だなんて、
なんとも父らしい、そして私らしい夢だなぁと思う。



父が亡くなって半年くらいの間は、たびたび父の夢をみた。
それは決まって、危篤状態の父が一命をとりとめる、という設定なのである。


「お父さん!お父さん!」と、私が大きな声で呼びかけると、
父が「はい」と返事をし、意識を取り戻すのだ。

体は痩せ細り、鼻には酸素チューブがついたまま。
そんな姿の父と、私は旅行に行ったり、デパートで買い物をしたり、一緒に夜景を見たりする。

そして、自分とともにいる父を、私は夢の中でまじまじとみつめ、
「ああ、よかった。本当に、本当に、よかった・・・」と、
心の底から、振り絞るように、天に感謝するのだ。

そこには、ひとかけらの悔いもない。
私は一切の罪悪から解放され、清らかな喜びに満ち溢れている。
これ以上のしあわせなど、ないほどに。


夢から覚めた後も、しばらくは目をつむっている。
薄れゆく光景を追いかけるように、私は脳裏を隈なく瞬時にたどり、
父が生還するという、奇跡のような喜びの余韻に、ただ一人、じっと浸っていた。


そんなような夢を、いったい何度、みたろうか。
けれど、一年経ち、二年経ち、いつしかぷつりと、みなくなっていた。
自分の心情は何も変わっていないのに、なぜだろう?



それがようやく、満を持していたかのように、再び夢に父が現れたのだ。
お盆二日目の明け方。なんとも不思議な、粋なタイミングである。

もう、痩せ細ってなど いなかった。酸素チューブもしていない。

元気な姿になって現れてくれたことが、私はうれしかった。
とても、とても、嬉しかった。


命は死しても、その存在はなくならない。
むしろ、生きていたころの何倍も、父への思いは、私の中で強まっている。

夢は幻でも、そこで抱いた感情は、本物だ。
これも立派な、父との思い出だと、そう思っている。





posted by ただゆめこ at 16:45| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月26日

ぼんぼりハート

3年前、父の初盆のときのことです。
仏壇に飾っていた枝付きホオズキが、1か月以上たっても枯れる気配がなかったので、
なんとなく遊び心が湧き、庭の一角に、そのままブスリ……と、突き刺しておきました。

それから1年が過ぎ、2年目を迎えた梅雨明け頃、庭の草むしりをしていると、
見たことのない太い茎が1本まっすぐ伸びあがり、青々と葉っぱをつけています。

これは一体なんだろうと、葉っぱの付け根をよく見てみると、
ホオズキに似た小さな緑色の袋が、1つぶらさがっていました。

え、まさか?! 

数日そのまま様子をみていると、だんだんオレンジがかってきます。
間違いない、ホオズキだ! 

いやもう、ほんと、これにはびっくり仰天。
2年前何も考えずに、庭土にただ突き刺しただけの、あのホオズキが、
突如姿を現したのです!

前年には何も気づかなかったので、
まさか根付いているなんて、思ってもみませんでした。

そういえば、突き刺した後もかなりの長いあいだ枯れることなく、
六角形の立派な袋をぶらさげていたっけ。

あぁ、なんというたくましさ。なんという奇跡!

そのホオズキが地下茎をのばして今年はさらに増え、今は4本の茎がニョキニョキしながら、
オレンジと緑の可愛いぼんぼりを、ぶらんぶらんさせています。




さて。そんな中でみつけたのが、こんな姿になったホオズキさんです。


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いわゆる網ホオズキと呼ばれる現象。
いつかこの目で見てみたいと、ずっと思っていました。

ドライフラワーのように乾燥させておけば、そのうち勝手になるのだとばかり
私は思い込んでいましたが、どうもそうではないらしく、
去年のお盆に買ったホオズキは、網目化することなく、ただそのまま乾いているだけ。
まぁ、よくよく考えてみれば、そりゃそうだよな。


それが昨日ふと庭を見たらば、
この子が土の上に、ふわりと寝転がっていたのでございます。

あ・・・! と思いました。

庭に出て、茶色く倒れたその茎を手に取ってみると、ワラのように乾いています。
根ごと引き抜き、部屋へと連れ帰りました。





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あぁ、なんて美しいのでしょう・・・
驚くほど繊細な透かし模様。橙色のまあるい実。まるでハートの提灯みたい。

自然のなれの果てに、この姿が在るのだということが、
なんとも神秘的で、感動します。

いくらでも眺めていられるなぁと、うっとりしながら、
同じような写真を、何枚も何枚も撮ってしまいました。

連日の異常な暑さに心底ぐったりしていましたが、久しぶりにテンションの上がった私。
こうしてはおれん!とブログを更新した次第です。




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posted by ただゆめこ at 11:40| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月29日

バロックの色

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以前にもチラッと書きましたが、バッハの小フーガ ト短調(BWV578)が好きで、
最近やたらと、聴いています。

パイプオルガンの抑揚のない音色と、その圧倒的な響きは、
まさに神のように、絶対的に美しく、
聴く者の心から余計な感情を追い払い、無にしてくれるような気がする。

この曲を、色にして例えるならば、
絶対、金古美だな・・・と思い、描いてみたのが今回の絵です。





posted by ただゆめこ at 03:37| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月24日

ギリシア神話「ナルキッソス」

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やりたいと思っていることはいろいろあって、
そのうちの一つに、「ギリシア神話を描く」というのがあります。

記憶をさかのぼれば、子供のころに
「アリオン」というアニメ映画を観たのがきっかけでしょうか?
その映画の世界観が、私にはたまらなく気高く、そして美しいものに思え、
以来、漠然とではありますが、ギリシア神話というものに憧れを抱いていました。

ギリシア神話を、初めて本でちゃんと読んだときは、
え?!と思うような、残酷な展開が多々あるので、
正直、ちょっと戸惑いを感じましたが、
今となっては、そういう面を踏まえても、
やはりギリシア神話は、「美しい世界」であると、思います。




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今回の絵は、ナルキッソスのお話をイメージして描いたものです。
はがきサイズの、小さな習作。

「ナルシスト」の語源ともなったこのお話は、
ギリシア神話の中でも、特に馴染み深いものかもしれません。

ナルキッソスのお話には、エコーというニンフ(妖精)も登場するので、
最終的には、もっと大きな紙で、双方一緒に描きたいなと思っています。




posted by ただゆめこ at 16:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月13日

魂のようなもの

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心奪われるような 素晴しい絵に出会ったり、
神々しいほどの 美しい音楽を耳にしたりすると、
わたしは頭のてっぺんが、何かに吸い上げられるような、
そんな感覚をおぼえる。

鳥肌が立つのとは、またちょっと違くて、なんというか、
自分の意識のようなものが、頭から、スァ〜っと抜け出ていくような
そんな感じである。

つまりそれは、わたしの魂ともいうべきものが、
「自分」という物体から、唯一、解き放たれる瞬間 なのだと思う。

このときだけは、わたしは「自分」という、一番厄介で面倒な存在から、
解放され、自由になることができるのだ。
 
つかの間のこの感覚は、夢見るように安らかで、そして、慈愛に満ちている。





posted by ただゆめこ at 04:25| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月20日

変身

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寝てるとき、いつもミカちゃんが上にのっかっているせいか、
夢の中で、ミカちゃんが、わたしの赤ちゃんになっていた。






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生後2ヶ月、3ヶ月・・・といったところか。

わたしの腕の中で、満足そうに ニャっと笑みを浮かべ、
「おかあさん!」と、妙にハッキリ、言うのである。






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そして、赤子とは思えぬスピードで、
きゃっきゃきゃっきゃと、部屋中を達者に駆け回るのだ・・・







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しかし、目覚めてみると、やっぱりミカちゃんは、相も変わらずミカちゃんである。

かわいい我が子は、今日も愛しいほどに、あたたかい。






posted by ただゆめこ at 13:54| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月21日

空間

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だいぶ前に、色鉛筆&パステルで描いた絵。

もともとの原画は、女の子が頬杖をついて本を読んでいるのだけども、
仕上がりがイマイチだったので、
大きくトリミングしたら、だいぶ良くなった気がする。

切り取り方って、やっぱり大事だな〜




posted by ただゆめこ at 05:42| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月17日

地蔵さまに誓う

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東日本大震災から、7年。

自分なりの思いを書き留めておかなければと、
あれこれ考えているうちに、6日が過ぎてしまった。

何もしてこなかった自分が、偉そうに
いったい何を書くというのだろう。情けない。

思いばかり募らせて、まだ何一つ、できずにいる。

今年こそ、心入れ替えて頑張ると、そう誓ったのだ。
ぐずぐずしている場合ではない。

もっと、ちゃんと生きなければ と思う。
「 今、命ある者 」として。

それがすべてだ。頑張ろう。




posted by ただゆめこ at 05:39| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月07日

そびえたつ

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落花生が好きである。
もともと好きではあったが、最近、ひどく、好きである。

食後、どんなに満腹であっても、食べずにはいられない。
わしづかみで袋からどっさり取り出しては、
間髪入れずに殻を割り、無言で食べ始める。

そこには何やら得体の知れぬ、焦燥感のようなものが存在するのだ。

パシュッ、パシュッ と、小さな音をたてながら、
私はただひたすらに、割っては食べ、割っては食べ、
殻を積み上げる。

これをきっと、中毒と呼ぶのだろう。

目の前にそびえたつ殻の山に、かすかな罪悪感を覚えつつも、
あと一握りだけ・・・と、自分を大きく甘やかし、
さらなる高き山へと、今宵も手を伸ばす、私なのである。





posted by ただゆめこ at 18:04| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月10日

8の窓

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甥っ子ちゃんへの誕生日プレゼント。
今年は木彫りでいこう! ということで、ヒノキの端材を使って作りました。

8歳の誕生日なので、数字の8をモチーフに、ひたすらホリホリ・・・
ヒノキはやわらかいので彫りやすいです。


色塗りでは、今回 黄緑をメインにもってきましたが、
これがよかった! 大正解☆
全体の配色がとてもうまい具合にいって、
木の質感も加わり、なんとも味わい深い、素敵な色味になりました!






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上の窓には、黄色い小鳥さん。






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そして下の窓には、頬杖をつく甥っ子ちゃん。
ぷくぷくほっぺに、オレンジの髪。
うっとりするほど、かわいい・・・ のです!







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「 たんじょうび おめでとう! 8才だから、8だよ〜っ」 そう言って手渡すと、
甥っ子ちゃんは、「ありがとー!!」と、おめめキラキラ☆
今年も元気よく、よろこんでくれました。
よかった♪ よかった♪




posted by ただゆめこ at 19:31| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

印象

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NHKの深夜枠が好きで、よくチェックしてます。

この間、「あの頃ペニー・レインと」という映画がやっていて、
面白そうだなと思って観てみたらば、
ヒロインの女優さんが、とてもチャーミングで素敵でした!

この美しさ。ぜひ、描きたい。そう思い、
情熱の冷めないうちに、久しぶりの鉛筆でカキカキ・・・

検索すれば、いろんな画像が拝見できるんだろうなとは思ったけども、
映画を観たときに感じた、自分の中の「印象」を描きたかったので、それはせず。
残像を頼りに、描きました。

う〜ん。ボールペンもいいけど、鉛筆もいいな〜




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2018年01月04日

ふわもこプードルちゃん

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あっという間に、三が日が過ぎてしまった・・・

今年は戌年。プードルちゃんの年賀状です。

だいぶ前に、Artrageで描いたデジタルイラストなんですが、
年賀状用にちょっとアレンジしてみたらば、なかなかいい感じになりました。

今年は、デジタルもアナログも、双方どちらも頑張って、
もっと積極的に、いろいろ挑戦していきたいなと思います。





posted by ただゆめこ at 04:01| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月31日

晦日地蔵(みそかじぞう)

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一年の終わりになると、晦日地蔵(みそかじぞう)が、わたしの前に 現れる。

今日くらいは、ふてくされたりせず、

今あることの、すべてに、心からの感謝を 捧げたい。

大事なのは、自分を生き抜く、ということ。

わたしは、わたしを、あきらめない。


良いお年を。





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2017年12月18日

失態

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非常に落ち込み、2日間何も食べず、
のどが渇いたのでワインをがぶ飲みしていたらば、
案の定、2時間後に嘔吐。

まるでテレビドラマか何かのように、
自分の口から、赤いものが グプッと勢いよく飛び出したので、
「ああ、ついに私も、とうとう血を吐いたか・・・」
と、妙に覚悟めいたものが、一瞬こみあげたのだが、
なんてことはない。その赤は、単なる赤ワインの、赤なのであった。

私はいったい、何をやっているんだか。
そういえば、20代の若かりし頃にも、同じように、
アメリカンチェリー&ビールで、まやかしの血を吐いたことがあった。

まったく。相変わらずのアホだなと、しみじみ実感。

恥ずかしい失態は、笑いに変えて、とっとと消化するべし。
きたない話で、ごめんなさい。





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2017年12月11日

すずめちゃん

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ある日のこと。

走り出そうとする車の後部座席で、
窓をぼんやりと眺めていた私は、「あ!」と声をあげた。

すずめと目が合ったのである。

庭の柵の上に、ちょこんとまあ、かわいく止まっている。

あまりにもじっとしていたので、
自分がすずめと見つめ合っていると気づくのに、一呼吸の時間を要した。

ふっくらと、まあるい、ちいさな体が、
絶妙な太さの棒の上に、笑っちゃうほど見事に乗っかっている。

おお、なんという、奇跡的な可愛さ!

走り出す車の中で、私は窓にへばりつき、
「すずめちゃん!すずめちゃ〜〜〜ん!!」と叫んだのであった・・・





posted by ただゆめこ at 21:19| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月05日

ゆりかご

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かわいい、かわいい。

わたしの、テレちゃん。

その魂の、わたしは ゆりかごとなって、

愛しき ぬくもりの、永遠(とわ)を

胸に 抱く。






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2017年11月07日

ひのきで木彫り

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姪っ子ちゃんへの誕生日プレゼント。 今回は、ヒノキの端材を使った木彫りです!

ピアノを頑張ってる姪っ子ちゃんですが、
何やら、生け花も最近ちょこっと始めたらしく、
お花も好きなのか〜と思い、白いお花を抱えてます。

絵の具はたっぷりの水で、うす〜く着色。
洋服の水色が、とってもいい感じで、
わたし好みの、ノスタルジックな仕上がりにできました☆





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裏面には、HAPPY BIRTHDAYの文字を。

ヒノキだからいい匂いがするよ、と言うと、
姪っ子ちゃんはお鼻を近づけて、クンクン・・・・・ 「いいにおい〜!!」
とっても喜んでくれました。





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立体作品は、見る角度や光の加減によって、いろんな表情を見せてくれます。
それを写真にとるのも、楽しみのひとつです。





posted by ただゆめこ at 12:43| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月01日

やっぱりボールペン!

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最近ぜんぜん絵を描いていなかったので、
久しぶりにボールペンで描きました。

以前から、舞妓さんを描きたいなと思っていて、
ちょっと画像検索したら、ものすごい美しいお方を発見!
かなり昔の白黒写真でしたが、思わず、スケッチさせていただきました。

お顔は似てませんが、はんなりとした雰囲気が、なかなかいい感じに描けたかなと思います。






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そしてこっちは、マリー・アントワネットの少女時代の肖像画を参考に。
これもまたお顔は似てませんが、首から肩にかけてのラインが、
描いていて、とてもいい勉強になりました。






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そして最後はこちら。音楽の父、バッハです。
ど〜ですか! これは似てるでしょう!!

好きな音楽家の名前をあげるとしたら、まずはバッハです。
なんて、特別詳しいわけではないのだけども、
小学校の時に、小フーガ ト短調(BWV578)を初めて聞いたときは、本当に衝撃的に感動しました。

そしてなんといってもあのお顔が、わたしは好きなのです。
肖像画でしか知らないけども、あの尋常じゃなくキリリとした眉に、
包み込むように慈悲深い、温かなまなざし。

自分で言うのもなんですが、なんとも味わい深い、バッハ様が描けました。

やっぱりボールペン、最高です!





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2017年10月22日

チョビの夢

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チョビの夢をみた。


見も知らぬ、どこかの地。

扉を開け、部屋に入ると、
等身大の、ずんぐりとしたチョビの人形が、窓辺に置いてある。

張り子人形のようだ。

ふてぶてしい眼差し。
味わい深い造形に、思わず笑みがこぼれる。


わたしは、それを抱きしめた。

「 あ!!!」

ふわふわの毛並み。やわらかくて、どっしりと、温かい。

生きている!
人形なんかじゃない。これは本当に、本物の、チョビだ!

「チョビ、チョビ・・・!! あぁ、やっと、抱きしめることができた・・・」


わたしは嬉しくてたまらなくて、
力いっぱい、チョビを ぎゅ〜っと、抱きしめた。
強く強く、壊れそうなくらいに。



これは、夢の中の話。
けれど わたしは確かに、この腕で、チョビを抱きしめた。

チョビの温かな命を、わたしは決して、忘れない。







posted by ただゆめこ at 03:08| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月16日

特別なバラ

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去年植えたバラのさし木が、ここまで大きくなった。

「さし木」とは、植物を繁殖させるための方法のひとつ。
ざっくり言うと、増やしたい植物の枝を10cmくらいに切って土に挿し、
そこから新たに発根させる、というものである。

もともと私は、庭木の手入れや草花の世話など、一切してこなかった。
それが今は、毎日この鉢植えをチェックし、
水をやったり、葉に虫がついていないか、日々の観察を怠らない。

それはなぜか。

この2つの苗は、単なる苗ではない。
我が家の庭に、長きにわたって植わっていたバラの老木の「 子供 」なのである。

その老木は、もういない。
去年5月の台風で、根元からグキリと、折れてしまったのだ。
たぶん、樹齢30年くらいにはなっていたと思う。

ほとんど放任で、なんの手入れもしてやらないのに、
毎年時季がくれば、ここにいるよと言わんばかりに見事な花を咲かせ、
私を驚かせてくれる。

そんな健気なバラの木が、台風一過、無残な姿で地面に横たわっていた。
あまりにも、突然のことだった。

世話など何もしてこなかったくせに、私は悔やんだ。
なんにもしてこなかったからこそ、悔やんだ。

このまま終わらせたくない。
なんとかして、このバラの命をつなぎとめたいと、強く思った。


母に頼み、さし木をしてもらう。

老木の枝を、ところどころ10本ほど短く切って、土に挿してはみたものの、
青々としていた枝は、真夏の暑さにだんだんと茶色くなり、
気づけば、残っているのは2本だけ。

もう、ダメかもしれない。
今日こそ、枯れているかもしれない。

毎日、恐る恐る さし木の様子を見に行き、祈るように、水をやり続けた。


2か月くらい、かかったろうか。
古葉を落とし、もはやただの棒切れのようになっていたその枝から、
新芽がひょっこりと顔を出しているのをみつけたときの感動は、
今でも、忘れられない。

それは ひとつの命が、新しい命へと、つながった瞬間だった。

うれしくて、涙がでた。
何かがとけだすように、あふれでた。

命ってすごい。すごいよ。と、
馬鹿みたいに、大泣きした。




台風がくる数日前、老木は、一輪の大きな花を咲かせた。
母が切り花にし、それは父の仏壇へと飾られた。

老木が台風に倒れた後も、残された切り花は、父の仏壇の前で長く咲き続け、
その枝からとったさし木が、写真左の、苗である。


そして右の苗は、私を二度、驚かせてくれている。

小さな5枚葉を3つ出したきり、成長がピタリと止まり、
春になっても微動だにせず、枝が茶色く枯れこんできてしまっていたのだが、
夏に入ってから、一年越しに再び、新しい芽を出してくれたのだ。

なんという、力強さ。

どんな状況にあろうとも、ただ懸命に、生きようとする。
あるがままの命の姿に、心の底から、感動する。





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この感動を、何か形に残しておきたい。
そう思い、久しぶりに木彫りに挑戦した。
新芽を出した時に描いたスケッチをもとに、彫っている。



私はこれまで、たくさんの大切な命を、だめにしてきた。
どんなに頑張っても、祈っても、救うことは一度もできなかった。

そんな私が、初めて、つなぎとめることのできた命。
老木の命が、新しい命へとつながったとき、
私は、バラではなく、自分自身の心が、救われたような気がした。 

それくらい、私にとってこの一連のできごとは、
とても大きな、かけがえのないものとなっている。





posted by ただゆめこ at 06:41| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする