
自宅二階の一室が、テレちゃん専用の部屋だった。
テレちゃんは、もともとは野良である。
先住猫のミカちゃんと仲良くなれるまでは、ある程度、部屋を分けておく必要があった。
外で自由気ままに暮らしていたテレちゃんにとって、
閉ざされた家の中で生きることは、相当なストレスとなる。
私はせめて少しでも、テレちゃんに良い環境を与えてあげたかった。
二階の一室だけでなく、
もっと自由に家の中を歩き回れるようにしなければ……。
そんなわけで、一階をテレちゃん、二階をチロ&ミカちゃんの生活スペースにしようと考えた。
ところが、テレちゃんを抱っこして強制的に一階のリビングに連れてきても、
すぐに二階の自分の部屋に戻って行ってしまう。
一階の部屋は、まだ未知の場所。怖いのだろう。
私は、テレちゃんが自分から階下に降りてくるのを待つことにした。
焦りは禁物なのだ。
けれど数か月が過ぎても、
テレちゃんの生活ベースは、相変わらず二階の一室のままだった。
みんなが寝静まった頃に、こっそり降りてきて
リビングのコタツに入っていたりすることはあるものの、
そうでないときは、階段の影から、一階の様子を静かにうかがっている。
一階と二階をつなぐ階段が、テレちゃんのボーダーラインになっていた。
「テレちゃん、こっちおいで~」と優しく言っても、降りてこない。
階段の真ん中で、じっと私の顔をみつめている。
白熱灯のオレンジの灯りの下で、テレちゃんの瞳はまあるく黒目を帯び、
ますます愛おしく思えた。
そんなテレちゃんが、亡くなる前日の夜、
初めて、自分から一階のリビングへとやってきた。
とても驚いたし、うれしかった。本当に。
自発的に来てくれるのを、ずっと待っていたから。
ちょうど焼き魚があったので、その身をほぐし、テレちゃんに差し出すと、
テレちゃんは私の指にしゃぶりつくようにして、
ハグハグと、勢いよく食べてくれた。
本当のことを言うと、テレちゃんは長い間、酷い口内炎に苦しまされていた。
手作り食をペースト状にして与えたり、サプリメントをあげてみたり、
マヌカハニーや熊笹、いろんなことを試したけれど、
大きな効果はなかなか得られない。
頼みの綱のステロイドも、あまり効いているようには思えなかった。
そんなテレちゃんが、痛み声をあげることなく、
私の目の前で、おいしそうに魚を食べている。
これは本当に、心底うれしかった。
テレちゃんはきっと良くなる。絶対、元気になってくれる……。
私は、疑いのない希望を感じていた。
テレちゃんが次の日 死んでしまうなんて、
私は、これっぽっちも思ってなどいなかったのだ。
まったく。微塵たりとも。
今考えれば、これはテレちゃんの「お別れのあいさつ」だったのだろうと思う。
テレちゃんは最後の夜を、私と一緒に過ごしてくれたのだ。
明け方までテレちゃんは、ずっとコタツに入っていた。
徹夜する私の足元で、甘えたような顔をして、幸せそうに、丸くなっていた。
思い返したなら、ぶーちゃんのときも、そうだった。
亡くなる前日の朝、私の枕元にとびのってきたのだ。
そんな動きなどできないほど、日に日に弱っていくばかりだったから、
ぶーちゃんが、久しぶりに甘えてきてくれて、とても嬉しかったのを覚えている。
このときも私は、これならきっとぶーちゃんは大丈夫だと、
必ずまたきっと良くなってくれると、かすかな希望を抱いていた……。
階段をのぼるテレちゃんの姿。
ずっと描きたいと思っていた。
けど、なかなかできずにいた。
五年目を迎えた今。やっと描きとどめることができてうれしい。
私にはまだまだ、描きたい絵がある。
描いておかなければならない。もっと。もっと。